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着物も洋服も同じ。

3月に入ると、まだ寒くても春らしい服装をしたくなる。
通勤電車の中でも、女性の服装が日に日に軽やかになっていくのがわかる。
とくに若い女性は、早くもスプリングコートすら着ずに、ジャケットや薄手のニットの重ね着などで颯爽と春を楽しんでいる。

私も20代女性の真似は出来ないまでも、多少は工夫している。
コートは薄手のものや丈の短いものに切り替えて、冷え込む日には見えない部分で厚着をしたり。
色使いは明るめに、もし暗くなってしまったら首もとに春色のストールを巻いてみる。バッグや靴も、きれいな色で軽い素材のものに替えたくなる。

そんなことをしていてふと気付いたのは、今更ながら「結局は、洋服も和服も同じなんだな」ということだ。
着物には四季折々の草花や風物詩、着物ならではの素材などのお約束があるから難しい部分もあるけれど、「季節に先駆けてお洒落しよう」「その季節や出掛ける場所にふさわしいものを着よう」という気持ちは洋服も着物もまったく同じだな、と。
着物と帯の色使いが暗くなってしまっても、帯締めや帯揚げ、草履を工夫すれば雰囲気ががらりと変わるのも洋服と同じようなことだし。

季節を取り入れるために、まずは色や素材からいろいろ工夫して、時には失敗があっても洋服を着るときのように「今日の組み合わせはイマイチだったな〜。次に着るときは別のスカートに合わせてみよう」ぐらいの軽い気持ちでいられたらいいと思う。
着物の約束事に縛られるのが面倒…と思わずに(私はまだこういう気持ちが強いので、)若い頃のファッションに対する好奇心やパワーを忘れずに着物に向かえば、きっといろいろな約束事を楽しめるようになるんだろうな。



自分の着物のスタイルについて、ブログで拝見する方々のスタイルと比べて一貫性やこだわりに欠けるなあ…と寂しくなることがある。
でも洋服を着る時でも、ジーンズにTシャツの時もあればビジネススーツの時もあるし、スカートとブラウスを組み合わせる時でも、シンプルでシャープな組み合わせの時もあればフリルつきのものが着たい時もある。(とくにこの時期は、他の季節には着ないような可愛らしい服がきたくなり、我ながら「どうした、自分?」と思うことも…)
行く場所や会う人、その日の天気や自分の気分によって無意識に変えているので、よほど場違いな格好にならなければそれでよし、と思っている。

着物の場合はまだそのような自然な気持ちで着ることはできないけれど、正式な場所でない限りは洋服と同じような考え方で気楽に着ることができたらいいな、と思う。
自分らしいスタイルは数年後に確立されるかもしれないし、そうでなくてもその都度自分が着たいものを着て楽しめたらそれでいいかな。
「自分らしい」と感じる着物と、周りが見て「似合う」と思う着物は違うかもしれないし。私は藍色が好きなのでついつい藍色の着物ばかり集めてしまったが、これからは洋服と同じようにチャレンジする気持ちもどこかに持っていたいと思う。
ただし、着物が着たいがためにその場にふさわしくないもの(もしくは着物がふさわしくない場所に着ていってしまうとか)を無理矢理着ていくのはとても格好悪いと思うので、気負わないながらも空気が読める着こなしが出来たらいいな、と思う。



来月の引越しを機に着るものの整理をしているのだが、慎重に試着して買った服や、買うべきかどうか悩みに悩んで買った服は、古くなってもまだまだ着られるものが多くて我ながら感心してしまう。
その反面、安価につられて衝動買いしてしまったり「流行りのものだから一枚買っとくか」というノリで本当に欲しいわけでもないのに買ってしまったものは、1〜2シーズン着たらもう着られないことも多くて(デザインの流行遅れや素材の悪さなど)反省することもしばしば。

着物のほうはどうかと言うと、捨てるものは一つもない。
着始めてまだ3年ほどだから絶対数が少ないというのもあるが、着物関係のものを買うときにはいつも真剣に悩んで、本当に欲しいものだけを買っているからだと思う。
また「繰り回し」という言葉を覚えてから、着られない着物や羽織などについて常に「帯に仕立て替えたらいいんじゃないか」「ここを直せばまだまだ着られる」なんて考えているし、最後の最後には袋ものや草履の鼻緒に出来るかも、などと考えると、洋服のように「着なくなったものは捨てる」という発想にならないのもあると思う。

買い物するときの品定めについても、和服と洋服は同じなんだな。(ほんと、今更ながらですが)
これから洋服を買うときには、着物を買うときのようにひとつひとつを慎重に品定めして買うことができたら、いつまでも大事に着られるものが増えるかな。



…というような「着物と洋服について」のあれこれを、春の衣替えと引越しの荷物整理をしながら考えている。

いつもながら「ぐだぐだ考える前に着物を着れば?」と言われそうなことばかりだけど、引越し準備と仕事がちょいと忙しく、着物を着るチャンスをひねり出そうとしては潰れてしまうので、ここに書いて気を紛らわせるしかないのです。
引越しが終わって5月になったら単が着たくなるかもしれないな。日射しが強い日には、どんどん単も着てしまおう。
着物を着る日を楽しみに、今日もゴミの分別やら不要品の処分をがんばるぞー。
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by Medalog | 2008-03-16 10:27 | きもの | Comments(2)

3月に入り、まだまだ冷え込む日も多いが「いよいよ春だな」と感じられるようになってきた。

草花の芽吹きなどで春を感じれば趣があるけれど、今年私が感じた春は
「通勤時に手袋をしなくても手が冷たくならない」…というもの。風情など全く無し。
でも思えば、どこへ行くにもマイカーという生活を初めて8年、手袋をすることがほとんどなかった(着物で京都へ出掛けるときぐらい)。
それが電車通勤のおかげで久しぶりに手袋をはめ、こういう感覚を味わえたということは、ある意味自然を感じたということかもしれないな。



毎年この季節になると思い出すことがある。
独身のころ、仕事は冬季が非常に忙しく、終電まで残業は当たり前・休みは週に一日取れたらラッキーという状態が毎年数ヶ月続いていた。
くたくたに疲れた体を布団から引き剥がすようにして起床し、やっとの思いでバスや電車に乗る毎日。「春になれば仕事が少しは楽になる。春まで頑張ろう」と思いながら1時間20分掛けて通勤し、働いていた。

そんなとき通勤バスの車窓から見えたのが、あるお宅の庭に咲くハクモクレンの花だった。

真っ白で柔らかく、けれど力強い大きな花が寒空のなか天に向かってまっすぐ花を咲かせているハクモクレン。
その姿を初めて見たときの感動は、今も忘れられない。疲れた心と体に、その瑞々しさがビュッと飛び込んできた感じだった。
丸まっていた背筋がしゃんと伸び、眠気も一気に覚めた。そして心に温かい気持ちがじんわりと広がる。「もうすぐ春なんだ」という喜びと、「あの花のように私も上を向いて頑張ろう」という勇気が自然と湧いてきたのだ。
こうやって文章にすると陳腐かもしれないが、あのとき本当に感じたことだ。まさに「元気をもらう」という表現がピッタリだった。

それから毎年、春が近づくとそのお宅の庭にハクモクレンが咲くのを心待ちにするようになった。そして花が咲くのを見ては元気をもらい、冬を乗りきっていたのだった。
花を見て「美しい」と思うことはよくあるけれど、あれほど心を動かされたことは他にはない。
私にとって、春を告げる花は梅や桃、桜ではなく「あのお宅の庭に咲くハクモクレン」になってしまった。

今は実家を離れたので「あのお宅の庭に咲くハクモクレン」を見る機会はない(花が咲く時期に実家に帰れば見れるけれど)。
でも「今ごろ、あのハクモクレンは咲いているかな」と考えるだけで当時の感動が甦って幸せな気持ちになれるので、実物を見られなくても大丈夫。
いつかハクモクレンの柄をあしらった着物か帯に巡り会えたら、きっと大切な一枚になるに違いない。将来の夢として大事にしておこう。
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by Medalog | 2008-03-08 00:36 | 生活 | Comments(2)

大阪在住主婦の、のんびりメダカ飼育と着物を楽しむ日記です      


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